運用型広告のマーケティング支援で数多くのクライアントを持つアナグラム株式会社。今回は取締役会長ファウンダーの阿部圭司さんに、FLYMEeのウェブマーケティングやWEB広告業界について話を聞きました。聞き手は、フライミー代表の坂本如矢が務めます。(インタビュアー 竹田芳幸、ライター 石川歩)
「情熱を感じられない人からの依頼は受けない」
ー二人の出会いから教えてください。
アナグラム 阿部圭司(以下、阿部):仙台出身の起業家で、共通の知人から坂本さんを紹介されました。坂本さんは仙台、僕は福島出身なんですが、東北地方って地元出身の起業家を大切にする文化があるんですよ。それで知人から「手伝ってほしい会社がある」とフライミーを紹介されたんです。
ですが、事業が家具のECだったので「家具は無理。僕は家具はやりたくないです」と伝えました。
家具って、ウェブマーケがめっちゃ難しいんですよね。そもそも家具の種類やスタイル・素材・用途が多様なので広範なキーワードがあるんですね。それに家具を買おうと思って「家具 通販」で検索しても、人によって期待している検索結果が違う。北欧家具もデザイナーズ家具も安価な大衆家具も、すべてが「家具 通販」のワードに含まれてしまう。家具って魑魅魍魎のキーワードなんです。とにかく家具は難しいからイヤだったんですが、お世話になっている知人からの紹介ということもあり、一度会ってからお断りしようと思いました。
フライミー 坂本如矢(以下、坂本):きっかけはよく覚えています。ご紹介いただいたのは、とある上場企業のCEOをされていて、僕もお世話になっている方なんですけど、誰か広告で良い人がいないか相談したら「広告はアナグラム阿部一択だから」と言われて。
阿部さんが初めてオフィスに来たのが2016年の春ですよね。あの時、阿部さんが断る気だったって知ったのは、だいぶあとになってからの話ですけどね。「え?そうだったの?」みたいな。その時は当然のように受けてもらう前提で話していましたし。
阿部:最初から言えないじゃないですか、一応紹介でもあるので、ちょっと諦めてもらおうと思って会いにいくって。僕は断る気満々で、社内にも「断りに行ってくるね」と言ってたんですよ。ただ坂本さんがすごい熱量で「これは俺たちしかできないんだ」っていうのをすごい語られていて、小松さんとか岩田さんとか創業メンバーも出てきて熱をめちゃめちゃ肌で感じて、外からサイト見て「家具屋さんか~大変だな」ってずっと思ってたイメージと全然違う。普通の会社じゃないと肌感覚で分かったし、これはちょっとやらないという選択肢はないかもしれない。話しているうちに、あれよあれよとやることになり「これはもう帰してもらえないかもな、俺」みたいな。帰りの電車で「逃げられなかった」ってChatWorkで社内に送ったのは覚えてます(笑)。ただ当時はうまくいくかどうかまでは分からなかったですね。
坂本:阿部さんが言うように、家具・インテリアはビッグキーワードの検索意図が広いから、具体的な行動に移りにくくて単価が見合わない。当時フライミーは僕自身が商材の特性やロングテールワードの期待値を誰よりも熟知した上で自社のアカウントを運用していたので、当然家具・インテリアジャンルの広告運用の難易度が高いのは理解していました。それに初期はお金がないし、当時はSEOから攻めた方が費用対効果が高かったので、広告よりSEOに力を入れてました。
阿部:僕がお願いして、日本のSEOの第一人者にFLYMEeを見てもらったら「(SEOについては)9割以上やるべきことが出来ているので、あまり自分が入ってやることがない」みたいなことは言ってくれてましたね。
坂本:その話を阿部さんから聞いた時は、嬉しさとともに自信になりました。だからこそ次のフェーズに行くには、本格的に広告に取り組む必要があった。それこそ阿部さんの著作『リスティング広告 成功の法則』も含めて、当時日本で出版されていたSEM関連の本はほぼ全て読みましたし、いろんな方に会って教えてもらったり、自分なりにものすごく考えて運用していました。でも突き詰めていくほど、次第に自分が広告を運用する限界を感じ始めるようになりました。ただ当時から家具・インテリアの広告は中途半端なプロに頼んでも、お金だけ浪費して結果としてうまくいかない、というオチになるのは読んでいたので、信頼して一緒にやってもらえる人を探していたんです。
創業初期から親しくしていただいているセプテーニ創業者の七村会長に、当時「今は大手に頼むフェーズじゃないよ」とアドバイスいただいたりもしましたが、WEB広告はどの会社に頼むかだけじゃなくて、誰に担当してもらうかで成果が大きく変わりますよね。予算規模がないクライアントに良い担当者がつくはずがない。さらに、予算がそこまでないクライアントの広告効果を出すためにはクライアント側のディレクションレベルも要求されますし、難しいですよね。
ー結果として阿部さんはフライミーの仕事を受けました。何が決め手になったのでしょう。
阿部:坂本さんの雰囲気が「ちょっと儲かりたい」って感じではなかったからですね。フライミーを絶対に伸ばすって熱量があって、これは受けざるを得ないというか逃げられないなと感じました。スタートアップやベンチャー界隈って、坂本さんみたいな人ばかりではないんです。多分坂本さんは、他の事業でも儲かったらいいやではないんですよ。会社の代表が事業ドメインにこだわりがあって、事業内容に自信を持っていて、すさまじい熱量を持って語れるみたいなのは、会社として多くないし、それはもう圧倒的優位性で唯一無二じゃないですか。坂本さんを超える熱量を持ってそれを語れる人が出ない限り、その市場は奪われないというか、圧倒的に優位なものかなとは思います。
ーたしかに僕も、サイトから受ける印象と坂本さんにお会いして受けた印象は全然違いましたね。
阿部:ですです。あとFLYMEeのサイトは一見シンプルに見せているけど、細かい仕様にこだわっていて、実はフルスクラッチ(既存のテンプレートやCMSを使わずオリジナルでウェブサイトを開発すること)で作っていますよね。そういったところからも熱や本気を感じました。カート機能や決済システムのASPを使えば、わりと簡単にサイトができるんだけど、普通は何かしらどこか気に入らない部分が出てくる。そんな時にみんな妥協しますよね。FLYMEeは妥協せずに、気に入らないならフルスクラッチでやるしかないと決めていた。それをやってたのはやっぱ、そういうのを含めて熱量だなっていうのはすごい感じましたよね。
坂本:今振り返れば、勘違いにも近い自信ですが、創業時から自分たちのサービスが歴史を変えて、長く世の中に残り続けるものだっていう意識だったので、恥ずかしいものを世の中に出したくない、自分たちがプライドを持てるものを世の中に出したいという思いはかなり強かったので、どんどんサービスローンチを遅らせたりしていました。普通の人からしたら、なぜそこがこだわりなのかわからないような細部に創業のころからこだわっていたと思います。結果それは正しかったですが。
阿部:サイトを作っている間も資金は減っていくんですよね。創業当初はウェブサイトを作るエンジニアよりも、マーケティング人材を増やしたほうが短期的には儲かります。でもフライミーはサービスの基盤であるサイトにこだわった。入り口の本気度が違うなと思いました。
坂本:創業メンバーは最初の数年は給料ゼロで、貯金を食いつぶしつつ、僕の自宅マンションをオフィスにして、いかにお金を減らさないかみたいな感じで、使命感に駆られたかの如くやっていました。今みたいな環境でもなかったので、そもそもエクイティファイナンスという発想がなかったですし。当時は必死だったし、これから自分たちが生み出すことが楽しみだったから、頑張ってるとかキツイとかいう意識は全くなかったですが。
これからの時代のウェブマーケティングに必要な論理力……直感力
ーFLYMEeのウェブ広告運用を始めてからの感想は?
阿部:FLYMEeはただ目先家具を売るだけでなく、サイトを訪れるユーザーの特性を見なくてはいけないし、これから顧客になりうる層も意識した広告運用が必要です。 それに、家具インテリア業界独自の時流があって、単純に引越しシーズンに需要が増加するだけじゃなくて、景気にも影響されるし、社会全体を俯瞰して戦略を立てる必要がある。今でもフライミーの広告運用は難しい部分がありますよ。
坂本:家具は衝動買いの商材ではなくて、認知してから購買までにそれなりの時間がかかります。フライミーは目先に追われず、購買までの時間を見越して先行投資を続けているわけですが、ただでさえ認知度が低いこの業界のメーカーやブランドが独自にどんな運用をしても、遅かれ早かれ限界は必ず来る、というか結果を出すのはかなり難しいですよね。阿部さんが最初におっしゃったように、一定のリテラシーがあるプロなら、家具・インテリア業界の広告なんて受けたくないと思います。色々合わないですよね。その合わないところをやって業界全体の活性化を図るのは、他社にはできない役割だと思いますし、メーカー・ブランド側から見たら、FLYMEeはノーリスクの広告代理店のような役割になっています。一般的な運用型広告の常識でFLYMEeのデータを見ると「なぜこれで採算が取れているの?」と意味が分からないかと。
阿部:フライミーが他社と大きく違うのは、広告を坂本さん自身が見ていることですね。
坂本:もう10年以上フライミーの社外取締役をして頂いているLIFULL創業者の井上会長にも「優れたマーケターを連れて来たほうがいいのでは?社長が広告まで見るのは、さすがに今のフェーズでは大変だから体制を変えないと」と長年アドバイスを受け続けていましたが、他の部分は権限委譲がされている中、どうにもここだけは、まだ自分で持たざるを得なくなっています。
家具・インテリア業界のウェブ広告は商品知識、業界の潮流や物流の状況など俯瞰した上で、自分たちの現在地を把握してデータを読まないといけない。多変数関数をどう読み取るか、どう抽象するか。「CPAが高いから悪い」といった単純な運用では話にならない。僕は誰かに広告成果の説明責任を果たさないといけないわけじゃないから、CPAやROASが悪化していても、直感でいけると感じたらアクセルを踏むことができる。まあ、そもそもマーケティングって経営やビジネスへの解像度と密接に関係していますからね。
阿部:フライミーの強さはそこですよね。普通はCPAが悪化していたらアクセルは踏めない。CPAの地続きで話すと、なんというか……今の世の中は、目に見えるものを過大評価しすぎていると思うんです。運用型広告は管理画面上でアクセス解析ができて、成果が見える化されています。もちろん見える化されたことで業界が成長したんだけど、見える化したことで見えないものを軽視する場面が増えてしまった。それが今になって弊害になってきている。
本当のマーケティングは、見えない数字にアクセルを踏める人が勝つんです。例えば、フライミーって検索してきましたっていうのって、どっかでフライミーって知ったわけじゃないですか。どこで最初にフライミーを知ったのか把握できないですよね。ひょっとしたら、検索した本人さえ説明できないかもしれない。でもそれが坂本さんは肌感でわかってるってことなんですよ。肌感でわかってるって社長にどのぐらい会ったことあるかっていうとほぼいない。僕たちはそれを「大切な流入のセッションは切れている」と言うのですが、大抵の人は「何を言ってるの?」と流してしまう。本当に大事なものって見えてなくて、坂本さんはこれを理解している。大抵の人は何言っているのってなるので、「あ、通じないな」ってなっちゃう。
僕も経営してるので、やっぱそれはわかるんですよね。でも現場はどうしても見える数字に行くじゃないですか。なぜなら怒られるから。良くも悪くも説明責任みたいなのが発生するし。でも代表は説明責任がないと言えばそれなんですけど、やっぱそこに張れるっていうのは大きい。最初から坂本さんが「切れているセッション」を肌感で理解されているのは、フライミーが成長した大きな要因だと思います。他のところはフライミーがアクセルを踏んできたタイミングでアクセルは踏めないと思います。
坂本:2024年現在、直観というか直感の時代になってきているのを感じます。定量評価だけに依拠した広告運用をしていると、結果を出しづらい時代だなと思いますね。
阿部:そういう運用をしているところは、基本的にはシュリンクしていくと思います。これからの時代に一番大事なのは、アクセルを踏めるってことです。
坂本:時代性を読めるかどうかは大事ですね。
阿部:坂本さんの話は、おそらく多くの人には直感的に聞こえてしまうと思うんですが、坂本さんなりに積み上げた経験を元にご自身の中で組み立てた論理になっているんですよね。でも一般的に見ると、論理が繋がっていなくて話が飛び飛びに聞こえるのだと思います。実は飛び地には橋が架かっているんだけど、普通の人には霧で隠れていて橋が見えない、みたいな。橋が架かっていない孤島に踏み出すには勇気が必要です。これからは、その一歩を踏み出す勇気が必要な時代です。データも取れなくなってきていますから、論理力……人によっては直感力と呼ぶものを信じてアクセルを踏み込むことが大切です。そして、アクセルを踏む自分を信じるためには、しっかり事業を見ていないといけないんです。
坂本:広告の運用に関する知見やスキルに加えて、事業理解、ビジネス理解が重要だという話は阿部さんとの話の中でよく出ますが、マーケターの世界ってそんなにビジネスを理解していないケースが多いんですか?
阿部:ほとんど理解していないんじゃないですかね……。もちろん表面の知識や技術があることは大事です。多くの人が気づいていないことを先取りしていくことも大事だけど、それだけではビジネスを持続的に成長させることに繋がらない。時代が追いついたら、勝てなくなるわけですから。持続的に勝つにはしっかりビジネスの本質も見ようよって思うんです。ビジネスや商売って、立体的で必ず奥行きがあるんだけど、本で学んだだけでは二次元でしか見えない。自分で事業を興したり、数多くのクライアントを持つことで、ビジネスの奥行きに気づくフェーズに入っていくんです。そこまで理解しないと、正しいマーケティングはできないかなと思います。
坂本:僕も数学的に物事を考える方ではあるんですが、マーケターの多くはいろんな手法や高度な数学を持ち出してくるんだけど、結局正しい戦略に結び付けられない。そもそもの仮説が間違っているのもあるけど、物事を必要以上に難しく考える評論家的な人が多いというか。抽象力をもう少し持って話してほしいなと思うことは多いかもしれない。
阿部:難しい数学を持ち出さなくても説明できることはたくさんあると思います。人間なんだから、Aと考えたら次はBに進むだろうってシンプルに考えてみることも必要かなと。
僕たちは「第一想起を取る」と言いますが、人が行動を起こす時に頭に浮かぶ選択肢は3つしかないと言われています。例えば「牛丼が食べたい」と思ったら、基本的に吉野家・すき家・松屋しか浮かばないんです。一人につき3つの選択肢しかない中で、第一想起をどう取るか?人の脳の中は分析しようがないのだから、「数学的に説明できる閾値を超えてきたな」と感じながらマーケティングしていく必要があるんです。そこのマーケティング手法は無限にあって、ターゲットや時代性で変わってきますね。
坂本:時代でいうと、この10年振り返ってみて、マーケティングにおいて、やれることっていうか打ち手って少なくなってきてるって思うんですけど、阿部さんはどう考えてるんですか。
阿部:僕は逆。めちゃくちゃ増えてる。増えているからこそ、みんな迷ってる。大変なんですよね。そこにやりたいやりたくないまで出てくるんですよ。例えば坂本さんみたいに顔出ししたくないとか。顔出ししたほうがもっと早い、認知が早い。でも、坂本さんがやりたいことはすごいわかるので。長期的に見たら、絶対顔出ししない方が強いんですよ、ブランドって。だって、坂本さんが仮に顔を出してやったら多分採用めっちゃ集まるし、いろんなところで講演したらいろんな提携先が出るかもしれないし。でもそれって、10年後20年後、仮に坂本さんが引退しますってなったときに、そのカリスマがいなくなるわけじゃないですか。そしたら困りますよね、現場は少なからず。坂本さん来ないんだねって。営業先でね。そしたら長期的に見たときには、僕は絶対顔出しをしない方がいいブランドになるし、その色がつかないので、そちらが理想だろうなみたいな。でも短期的にやろうとしたら顔出ししたほうが早い。
坂本:たしかにそれは創業期からいろんな方に言われてきましたね。フライミーなら、マスメディアに社長が出て思想なりを話せば、サービス認知が上がってすぐにファンがつくし、売上げが増えるからやりなよって。
阿部:でもそれって、多分短い時間軸でビジネスを図ってるからそういうアドバイスなんですよね。その長い時間軸で見たときフライミーが未来永劫続くってなったときには出さないっていうのが僕は正解だと思うんです。言ってることはめっちゃわかるんですけど。
ただ、顔出してよ~、みたいなのもたまにありますよね。今日はさすがに顔出しすると思っていました(笑)。でもそこがさっき言った見えない部分が見えるって話があったと思いますけど、この陸続きの中でそこを想像ってなかなかできないけど、そのリアクションをできる。そこを決められる人が強い経営者だと僕は思います。
フライミーが上場することで、業界構造の変革にブレーキがかかる
ー付き合いが始まった当初の2016年ごろから阿部さんから見て、フライミーはどんなふうに変わっていきましたか?
阿部:変わっていったか……どんどん大きくなっていきましたよね。オフィスとかがわかりやすい。今のオフィス行ったときにちょっとビビリました。新しいミーティングルームを見て、すごって。三鷹という場所もあると思うんですが、めちゃめちゃ贅沢使いした感じがすごいなと思いました。最初のオフィスを知ってるので余計に。あとは、単純に人が増えましたよね。いい人が増えてる。みんな礼儀正しくて、ご飯行った後とか必ず何かメールくれるんです。すごと思って。うちの社員やってるのかなって(笑)。そういうね、教育されているんだな。悪い気しないっすよね、メールもらってね。すごいなって思って。
坂本:そこは会社として重要視しているところなので、社員についてそう言ってもらえるのはうれしいですね。
ー阿部さんから見て、現在のフライミーの事業はどのフェーズにいると思いますか?
阿部:業界の中では圧倒的だと思います。今はどう広げて攻めていくかという段階だと思います。少し前までは、家具を買いたい人たちがFLYMEeと知らずに買っていた。そのあと、FLYMEeを認知してファンになっていくという流れができています。では、いま20代前半でFLYMEeを知っている人はどのくらい存在するのか?これから顧客層になっていく人たちに向けて、訴求力を高められるかどうかが長期的な課題になると思います。
「いつかバルセロナチェアが欲しい」と言っている20代の人たちは、すでにFLYMEeを知っているんです。こういうすでに家具に興味がある層ではなくて、家具を買うタイミングがきた時に大衆的な家具専門店ではなく「FLYMEeで揃えよう」という人を増やすにはどうすればいいのでしょうね。
坂本:もともとFLYMEeは富裕層ビジネスをしているつもりはなく、かつての20代の自分に向けたサービスとして設計しています。まずは情報の非対称性を少しずつ解消して、住価値に気づいてもらう仕掛けを地道に積み重ねることが重要だと思いますね。そこに多くの方に気づいていただけると、もっと多くの人の日常は豊かになると思います。
そのためにどうしたらいいかは、創業時から僕と近いメーカーさん、ブランドさんなどには考えを一貫して話してきています。そういう中長期的ビジョンに共感して頂いてメーカーやブランドなどを巻き込めたことが、今のポジションを確立できた要因だとは思います。詳細は長くなるのでここでは触れないけど、一つ言えることはフライミーを単純な売り上げ規模を追求するようなサービスにしないことが、重要だと考えています。フライミーの社会的意義を守りながらスケールすることを考えた時に、時価総額の最大化を追求すると、僕もやり方は変えざるを得ないし、フライミーの「意味」が希薄化していきます。少なくとも目先は。だから上場する気がないんですが。
阿部:そうですね。経済合理性だけで見るなら、FLYMEeは安価な大衆家具の領域にまで取り扱いを広げていくのが正解です。そういう家具は、市場規模が大きいですから。でも、坂本さんはそれを許さないと思うんです。もしフライミーが上場したら、一定の時価総額を超えた時点でさらにスケールするために株主からの圧力がかかってくる。そうなると、大衆家具を取り扱わざるを得なくなる。
坂本:僕は仮に上場しちゃったら、性格的にも責務としても、浮動株の比率をガンガン上げて時価総額の最大化に向け努力すると思います。だけどフライミーの場合、時価総額の拡大だけにフォーカスしてしまうと、サービスの社会的インパクトや意義はむしろ減衰する可能性が現時点では高い。そうなると事業をしてて楽しくなくなっちゃうような気がします。もちろん規模の拡大は重要なんですが、拡大の仕方もブランディングもやり方を間違えると、サービスの意味が変わってしまいます。メディアで家具・インテリアのZOZOみたいな言われ方をしていますけど、ファッションの業界と家具・インテリアの業界は根本的に違うので、創業当初からZOZOみたいなスケールを目指しているわけではないし、サービスは似ているようで全く違います。最初に阿部さんがFLYMEeのデータを確認したときに、ZOZOとデータが類似しているサービスを初めて見たって仰っていましたが、まあそういう意味では共通項も多いんだとは思いますけど。
阿部:データから見ると実質独占ですよね。独占に近いじゃないですか。
坂本:うちの業界は「ECに参入すれば簡単に売上げが作れる」と安易に考えているメーカーやブランドも多いのですが、残念ながらもうすでに希望を持てる時代じゃない。「ECを始めたいからノウハウを教えてくれ」みたいな相談もされたりするんですけど、一社でやれることなんて限られている。特にウェブの世界では、大手の経済圏に取り込まれないで一定以上の成果を上げるのはほぼ不可能と言えます。うちの業界は商流が特殊ですから、取り込まれてもそれはそれで厳しくなると思いますが。この業界の中で現状の延長線上ではなく、新たな流通デザインを作れるのはフライミーだけ、という自負はあるし、そこが役目かなと。
阿部:さすがに今からFLYMEeのポジションは難しいんじゃないかな。これからECに参入するとしても、企業としてどこを目指すか、ですよね。これからは、ニッチなものや独自性のあるものがフィーチャーされる世界になると思っていて、大きな組織を作ることに妥当性がなくなると考えているんです。すべてをスモールビジネスにしようというわけではないですが、一人の嗜好性を極めたものが、熱狂を生み出すのではないかなと。これからの時代は、小さな選択肢がたくさんあってユーザーが選びきれなくなるところまでいく気がしています。
坂本:そういう部分はあるでしょうね。まあでも僕はフライミーの役割はスモールビジネスではないと思いますし、大枠の構造を変えにいくことをやらなくてはいけないと思っています。
阿部:そういう事業は、資本力の勝負になっていくでしょうね。
坂本:僕でも2024年時点でフライミーのような事業をやろうとしたら、大規模な資金調達をして一気に上場させるくらいのことをするかもしれません。ただ今のフライミーとは会社のデザインもサービスデザインも別物になると思います。僕がやっても現在の形をつくることはほぼ不可能かと。
フライミーの場合、もともとほとんど出資を受けていなくて、早期に黒字化しているのもありますが、エクイティに関しては、かなり前に外部資本を全て買い戻すことになったので、だからこそ取れる戦略はあります。銀行からの借り入れ条件はありがたいことに、どの銀行もかなりいい条件を出してくれているので、借金はしまくっていますが。まあとにかくお金使えないと勝負にならない時代になってきていますよね。今は広告なんて月百万単位の予算規模だと、出せる効果がどんどん下がり、話にならない時代になってしまっていますし。エクイティで初速から掘りつつ、後々回収して黒字化できる、中身のある事業をちゃんとしないと残らないし、変化の速い時代の中で競争優位性を保たなくてはならないわけで、一つの事業をやり続ける、生き残り続けるのは難しい時代になったと思います。起業の勝ち筋は変わりましたよね。
阿部:2010年代以降に創業したBtoCの会社がM&Aしていく流れが加速してますよね。これからも、基本的には大手に取り込まれていく流れが続くと思うんですよね。
坂本:今の環境からすればEXITがM&Aに寄っていくのは必然ですよね。
阿部:これからベンチャーは資金力で大手に押されていくでしょうね。資金力でぶん殴られる。数十億まではいけても、売上が100億を超えてくると戦い方が変わってくるから。それなりには資金調達しないとならなくなる。
坂本:ベンチャー界隈って資金調達している事実をそこで働く社員も周囲も称賛しているような風潮ありますが、資金調達自体が目的になっていたり、それをおめでとうと祝福していたりするような感覚は僕には意味が分からないですね。出資なんてなるべく受けないほうが、圧倒的に未来の戦略の自由度が高いし、それに越したことないですからね。うちみたいな事業規模と事業ドメインで、非上場でやり続けられるのはレアだとは思います。僕の周りの同世代は、阿部さん含めて大体上場するか、売却しちゃいましたが、フライミーは事業特性上「意味」を追求して、可能な限りは非上場でやり続けます。ぶっちゃけ、大手資本に1000億とか2000億とか何でもいいけど、巨額の資本を突っ込まれて参入されても、今のところは戦えるというか、やられない自信があるので。誰に何をどう分析されても多分やられないっていう。やられたらごめんだけど(笑)。
阿部:「やられない」って大事ですよね。やられる事業っていっぱいあるんですよね。やられちゃったらきつくなるじゃないですか、体力的に利益率削られて。となると、その前に売り抜けるっていうのも一つの手。それはそれでいいのかなって正しいなと思いますし、ただその取り込まれる心配がないぐらいの状況を作ってたらIPOする理由なんて全くないですよね。
ロックな精神を持ったまま、真剣に未来の話をしよう
ー今回のインタビューで、阿部さんと坂本さんの仲の良さが伝わってきました!
坂本:僕はありがたいことに本当に周りの環境や人には恵まれていて、それが今のフライミーにつながっています。ただ経営者というカテゴリーに限定すると、多くの素晴らしい諸先輩方とのつながりは深くある方だと思いますが、同世代の経営者で仲がいい人は多くはないです。経営者としてタイプは違うかもしれませんが、阿部さんに対してはリスペクトがありますし、僕にとって貴重な存在です。
お互いの社員も参加する会食も定期的にしていますが、毎回なんとなく雑談の延長線上みたいな話ばかりしてるけど、不思議と未来につながるインスピレーションや考えるきっかけをもらっていたりします。そういう事を目的として会ってるとかでは全然ないんですけど。お互いが思うがままに話して、気づいたらお店が閉店しちゃって、二次会も行ったけど、話題にしようと思ってたことを話してなかったことに帰ってから気づくみたいな。とにかく自然体で付き合わせてもらってるのかなって思います。
阿部:実は、この関係ってコロナ禍からだから最近のことなんですよね。コロナがきてから「飲みにいこう」って誘い合う文化がなくなったねという話をしていて。「だったら飲みにいこう」って。最初、青山のレストランにワイン7本持ち込みで、7本持ってくるなんてね、そんなばかなって。
ー10年近いお付き合いで、阿部さんから見て坂本さんが変わったところは?
阿部:変わってないかも、そんなには。それでいうと丸くなったかな。出会ったばかりの坂本さんは、フライミーに全力投球で必死だったという事情もあると思うけど、最初はめちゃとがっていた感じでした。パンクでロックで、ナイフを持って歩いているような雰囲気が出ていましたから(笑)。その頃は飲みにいく関係ではなくて、本性はわからなかった。距離が近くなったというのもあると思うけど、年月が経って愛嬌が出てきたような気はしますね。
僕はアナグラムで会長になって、また違う方向からいろいろチャレンジをしていくと思うんです。これからも、業界の境界も利害も取っ払って様々なことを話していきたいですね
Profile / プロフィール
阿部圭司 Keiji Abe
アナグラム株式会社 取締役会長 ファウンダー
フィードフォースグループ株式会社 取締役
1980年生まれ。大手アパレルメーカーを経て運用型広告の世界へ。現在はマーケティングのみならず、ビジネス全体のグロース支援を行う。福島県観光交流大使。